『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』を見た感想 

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ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日 [DVD]

『ライフ・オブ・パイ』の第一印象は、「どーせなんか動物との幻想的な出会いを使って心から涙を誘うようなマネをしたり、映像の美しさを楽しむだけのつまんねぇ映画だろ」と思ってました。

CMもそんなふうに作られているからなおさらそう思いました。



そいでもって、この映画は見る前から僕の中で評価が低かったです。

しかし、いっつも行ってるゲオのレンタルコーナーにコイツがあらわれるやいなや、借りる借りる借りられる。
(新作でレンタルしてでも見るに値する作品かよ?)と内心でコケにしつつ、あまりの人気にほんの少しだけ興味がわいたので、100円でレンタルされるまで待ちました。

そしてときが来ました。僕はさっそく、「ライフ・オブ・パイ」を100円で借りて自宅で視聴しました。


※ここからネタバレがあります! 
まだ見てない人は注意してください!





結論から申し上げますと、僕の認識が間違っていました!



作品を見る前から「クソ映画」と決めつけるのは本当によくないです。『ライフ・オブ・パイ』はまさに、そのように決めつけて物事を語る連中(つまりは僕自身のことでもありますが)を
逆に嘲笑うような映画です。


簡潔にこの映画の概要をお話しますと、
フィクションの必要性を説いた物語論の映画です。


そしてこの映画をみて心底よかったと思えたのは、
フィクションというものがどうして必要なのかという一つの解答を得られたことです。



例えば、悲しい現実に打ちのめされたとしましょう。そしてそれをありのまま他人に話したとしましょう。でも他人はそれを聞いてどう思うでしょうか。おそらく、心からその人に同情し、悲しみに打ちひしがれてくれるでしょう。

しかしそれは他人の心を傷つけているようなものです。同情を『ある人と同じ心情になる』と定義するのであれば、それは他人が自分と同じ気持になったということ、つまりは他人の心を傷つけることに繋がります。

けれども、この悲しい体験を胸のうちに留めておくのはあまりにも辛い。さりとて、ありのままこの悲しい体験を話してしまえば他人に同情されてしまう(というか嫌がられるといえばいいでしょうか)。

そんなとき、フィクションを使えばいいのです。つまりは悲しい体験を何かの物語に見立てて話してしまえばいい。

すると、他人からしてみればその物語は創作に過ぎませんから思う存分楽しんでくれますし、自分からして見れば悲しい現実を話しているのに等しいので、心が軽くなるのかもしれません。

ですからフィクションというのは大事なのだと。物語が必要になるのだと。この映画から教わりました。

それを学べただけでもこの映画を見る価値は充分にあると思います。とくに、これから何かを創作していきたいという人にとっては重要な映画に思えてなりません。

こんな貴重な映画を造ってくれた製作者の方々に感謝を。
この映画はぜひともオススメしたい作品の内の一つです。


byすなぎも


 
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