来し方行く末、あなたと共に! 第五話

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この物語は、主人公・室戸(むろと)がループを脱出するために、
アニメやマンガの知識を駆使して脱出しようと試みる物語。
暇つぶしに読んでいただけたらこれ幸い。


プロローグ:はじまりは夕暮れと共に・ちーさんの視点

第四話:小学生と見紛うばかりの少女
第六話:まだ誰もタイムリープに気づいていない


第五話:ループの始点


 「……お外、キレイですね」
 ふいに、ちーさんがぽそっと呟いた。本人はこんな言葉を口にするとは思ってもなかったようで、あわわあわわと慌てふためいている。
 「ご、ごめんなさい……つい、見とれてしまって……」
 「いや、俺もキレイだと思うよ」
 いつ以来だろう。夕焼け空を眺め続けるなんて。感傷に浸るのも、ずいぶん久しぶりかもしれない。
 「……お二人は、もう来ないんですよね……」
 「たぶんね。まぁ、例え来たとしても、俺が追い返しちゃうだろうから」
 「寂しい、ですね」
 「いや、騒がしくなくなったからむしろ嬉しいよ。これでゆったりとアニメ鑑賞に勤しむことができる」
 頬を無理やり引きつらせて、歪な笑顔を作った。
 「これでちーさんも占いに集中できるから嬉しいだろう?」
 「そ、そんなことないですよ!」
 ちーさんは両の手を振って否定する。
 「占い部、部員が私しかいなくて、その、あまりにも静かでしたから……みなさんといっしょにいるときの、室戸さんの楽しそうな声を聞いてるだけで、私も楽しかったですよ」
 「そうだったのかい? ほとんど下品な話しかしてなかったけど」
 「それは、そう、ですけど……」
 ちーさんのほっぺたが夕日よりも真っ赤に染まったのが目に見えてわかった。こっちまで恥ずかしくなってくる。俺は思わず顔をそむけてしまった。
 「……でも、そんな、少し上品とは言えないようなお話も、聞こえなくなっちゃうんですよね……」
 「………………」
 寂しくなんかない。なんたって、俺には二次元があるのだから。一人ぼっちの寂しさも、きっと画面の向こう側にいる彼女たちが癒してくれるだろう。
 けれど、これだけは認めよう。ヤツらとのお下劣な会話は、確かに楽しかったと。
 だからといって二次元を捨てたヤツらについていくつもりはない。ヤツらについていったら、二次元を捨てたヤツらと友人であり続けるめに俺も二次元を捨てなければならなかっただろう。そんなことするつもりはさらさらない。ヤツらと俺が仲違いになるのは、もはや必然だったといっても過言ではないだろう。
 だから。俺は、寂しくともなんともない。
 「気を、落とさないでくださいね」
 「まさか。二次元があるかぎり、俺は落ち込んだりしないよ」
 「……よかったです。いつもの調子が戻ってきたみたいで」
 ちーさんがやっと微笑んでくれた。
 「そうだ、気休めに占いなんてどうでしょうか?」
 そう言うとちーさんは、ローブの中から水晶球を取り出した。その水晶球は、透明なガラス球の中に半透明の靄が浮かんでいる。
 ……ローブのどこに水晶球をしまってたんだ?
 「占いましょう、室戸さん。気休めにはなりますよ」
 「ちーさんがそう言ってくれるのなら、喜んで」

     ◇

 机の上に小型の座布団を敷いて、さらにその上に水晶球をちーさんは乗せる。水晶球の前に座るちーさんは、とても様になっていた。
 ちーさんに占ってもらうのはこれが初めてだった。ちーさんには悪いと思うが、そもそも俺は占いなど信じていない。だから、ちーさんには今まで占ってもらった経験がなかった。しかし今回は、ちーさんの温情を無下にするマネはしたくなかった。
 「さぁて、占っちゃいますよー」
 「よろしくね」
 「それでは、いきます!」
 そう言ってちーさんは両の手を水晶球の前に掲げると、部室全体が禍々しい雰囲気に包まれた。名状しがたい妖気のようなものが辺りを駆けずりまわり、背筋に怖気が走る。水晶球は筆舌に尽くしがたい光を放ち、下から照らされるちーさんの顔はまさに魔女そのものという様相を呈していた。 
 「はぁー……! あじゃらかもくれん・すまてっまき・にいだき・しゆゆ・てけれっつのぱー!」
 ちーさんはわけのわからない呪文めいたものを叫ぶと、水晶球に浮かぶ靄が渦を形成し、光はより眩しさを増した。
 すると突然。部室には、窓ガラスを全て閉めているというのにどこからともなく風が吹きこんで、二次元の美少女たちのあられもない姿をプリントした萌グッズが宙を舞う。
 桃色のポルターガイストとはこのことか。若干アダルティーな超常現象を目の当たりにして感動と恐怖に身を震わせる。
 「ふひ、ふひひひひひひひ…………!」
 不気味な嗤い声が聞こえた。声のした方へ視線を移すと、ちーさんがジャック・ニコルソン演じるジョーカーばりの素敵な笑みを浮かべながら、滝のように流れでる汗を額に浮かべていた。どこからか吹き込んでくる風にちーさんの髪が煽られて素顔が見えたとき、最終的に虚無ることで有名なロボットアニメの主人公たちがマシンに搭乗するとグルグルお目々になるときがあるが、ちーさんはまさにそんな魅力的な目をしていた。
 なんだこりゃ。
 今更ながら気がついた。この光景は明らかに異常だ。まず物体が勝手に浮かび上がるなんてありえない。ほぼ密閉状態のこの部室に風が吹き荒れているが、巨大な大型扇風機でもなければここまでの突風を作り出すことはできないはずだ。さらに、普段は純粋無垢でほわほわしてるちーさんの様子もなんだかおかしい。今のちーさんの形相だったら、ラスボスなのにベホマを使うことでプレイヤーにトラウマを植えつけた破壊神でさえも素手で倒せてしまうだろう。そう思えるほど、ちーさんの表情は歪んでいた。
 「ちーさん! 大丈夫か! この部屋でいったい何が起こってるんだ!」
 「今、常世に住むワダツミと交信して、星辰を正しい位置に戻してもらい、海底の深淵に潜む旧支配者をルルイエごと浮上させてる途中です! 邪魔しないでください!」
 「それってよくわかんないけど、ダメなんじゃないの!?」
 「大丈夫ですよ! なんかうねうねした海洋生物っぽいものが這い寄ってくる可能性がなきにしもあらずですが、気合いと努力と根性で乗り切っちゃいましょう!」
 「その三つどれも同じ意味だよね!? ってか、これって本当に占いなの!?」
 そんな心からの叫びも虚しく、突風が吹きやむことはない。気のせいか、耳の奥から大宇宙の果てより奏でられし魔笛の音色っぽいものが聞こえたような。それに一瞬だけだが、窓に、窓に、半魚人的なものが見えたが、今はもういなくなっていた。
 「ふっひっひっひっひ!! もうすぐです! 久遠に眠る旧支配者が目を覚まし、罪科を抱える愚かな人間どもを粛清するときが近づいているのです! ああ、我らが神に祝福の鐘の音を! いあ! いあ! くとぅるふ! ふたぐん!」
 「それぜったい占いじゃないよね!」
 視界が、歪む。水晶球から放たれる光は悍ましい瘴気となって空気と混じりあい、それを吸い込むたびに三飯器官をコンクリートミキサーでぶちまけられた気分になる。そのせいか、吐き気が腹の底からこみ上げた。
 マズイ。このままじゃ、精神崩壊を起こして発狂しかねない。ちーさんはすでにとち狂ってしまって、人語ではない「何か」を呟きはじめた。俺はちーさんを正気に戻すべく、ちーさんに近づこうとした。
 しかし、想像以上に風圧が凄まじい。歩くことすらままならず、立っているだけで精一杯だ。
 視界はますます歪み、奇妙な鋭角的角度を織りなす三角形と次元の壁を超えるための四次方程式が空中を行き来する幻覚が目に焼きついた。非ユークリッド幾何学によって形成された図形と黄金率によって編み出された矛盾のない存在を否定された数式が瞬時に視界を埋め尽くした。
 そして俺は垣間見た。
 数えきれない線と数列の向こう側。そこは極楽と地獄の狭間にある天蓋に覆われた深淵。その中心に据えられた玉座に座る、あれは。燃える三眼。目に入れる角度によって姿のかわるしなやかな肢体。ドドメ色に染まる皮膚。荒涼無残に闇へと吠ゆるもの。あれは確か――――――――――這い寄る混沌。
 ぬるり。海洋生物よりも悍ましい触手が精神に絡みついて離れない。理性で塞がれた無意識の中で眠る本能を艶めかしくねぶられる。それから発生する根源的恐怖が体を埋め尽くす。混沌は、ただただ嗤っていた。
 限界、だった。
 胃袋からこみ上げてくるものを感じる。口の中に、酸っぱい液体と原型を留めていない食物が大量に流れこんできた。すべてをぶちまける。その寸前で、水晶球は輝きを失い、風はどこかへと消え失せた。
 「ふぅ……お、終わりました……」
 その言葉を合図に、身動きができるようになった俺はゴミ箱へとかけ出すと、その中に吐瀉物をぶちまけた。
 異臭による不快感と排泄による快感に酔いしれながら、ぼんやりとした意識の中で思う。
 占いって恐ろしい、と。




第六話:まだ誰もタイムリープに気づいていない
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