来し方行く末、あなたと共に! 第十三話

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この物語は、主人公・室戸(むろと)がループを脱出するために、
アニメやマンガの知識を駆使して脱出しようと試みる物語。
暇つぶしに読んでいただけたらこれ幸い。


プロローグ:はじまりは夕暮れと共に・ちーさんの視点


第十二話:病理・妹の視点
第十四話:宇宙的恐怖


第十三話:ループのはじまり・室戸の視点


 嫌な汗が頬を伝う。
 「どういうことだ……」
 独り言を呟かずにはいられなかった。
 まや姉がいない。
 どこにも。姿が見えない。あの赤茶けた長い髪が、形の良い大きな胸が、魅力的な腰つきが。
 まや姉をネットで検索しても、該当するページが見当たらない。ハードディスク内にある画像フォルダを調べてみてもまや姉はいなかった。
 まるで、この世界からまや姉が消失してしまったかのように。
 画像フォルダ内のまや姉が消えているだけなら、妹がやっただろうと思い込めただろう。だけど、ネット上からまや姉を消し去る芸当、どう考えても妹には無理だ。
 さらに奇っ怪なことに、俺が保存したはずのまや姉の画像は全て、さきほど開いた『True Heart2』のスタート画面にいた少女の画像に変わっていた。
 目線をサブディスプレイ内にある『True Heart2』のウインドウへ移すと、スタート画面で微笑んでいるのはやはりまや姉ではなく、記憶にない少女だった。軽快なBGMとその笑顔は、まるでこれが当たり前で、まや姉など始めから存在しなかったのだと言わんばかりだ。
 では、俺が今まで目に焼き付けてきたまや姉とは、いったいなんだったのか?
 全ては俺が見ていた夢だったのか? それだったら納得がいく。姉が好きすぎるあまり、そしてあまりにつらい現実から逃れるために、架空の姉を自分だけの世界の中に作り出し、この数年間まや姉という名の幻覚を追いかけ続けたというなら合点がいく。……いや、嘘だ。そんなこと、納得できるはずがない。まや姉は確かに存在したんだ。俺は人生の半分をまや姉と共に過ごしてきた。彼女のすべてを知り尽くしているといってもいい。昨日だって、まや姉は画面の中で笑ってた。
 それなのに。まや姉は消えてしまった。
 いったいこの世界で何が起こっているんだ。目の前の事象が理解できない。ただ、血の気がみるみるうちに引いていくのがわかる。鏡を見なくても、顔が青ざめていると感じられる。下腹部には黒色にくすぶる鉄鉛を入れられたような気分だった。体中から汗が染み出し、心音だけが脳内を埋め尽くす。俺はとうとう、狂ってしまったのか? 叫び出したかった。それでも喉元まで出かかったうめきを必死になって飲み込む。叫んだところで何も変わりはしない。俺は椿とともにひねり出したいうめきを胃腸へと押し込めた。
 俺は、現実と幻想の区別もつかないほどの愚か者じゃないはずだ。何が現実で、何が幻想か。今まさに生きてるこの世界で何が起こり得て、何が起こり得ないのか。
 目の前で起きている事象は、少なくとも俺にとってありえない事柄だった。
 しかし、この世界でもしもありえないことが起こり得たと仮定するならば。


 ――――――――――それでも、意味不明だ。


 どうしてこうなったのか理解に苦しむ。妹はこんなこと望んでないはずだ。この役割はむしろ、俺のほうが適任だったはずだ。
 先ほど閉じてしまったが、もう一度俺はアンサイウィキペディアから『True Heart2』を詳しく書き綴ったページを火狐のウインドウに展開する。目次から登場人物一覧の項目へとぶと、スクロールしながら登場人物たちの名前を注意深くチェックする。
 やはり、まや姉の名前、『比良坂まや』の文字はどこにも見受けられなかった。そして、まや姉の名前があったはずの部分に、別の女の子の名前が記されていた。
 苗字はまや姉と同じ比良坂。だけど、『比良坂』のあとに『まや』の二文字は続かない。
 今度は『比良坂まや』と打ち込んで、それを画像検索にかける。しかし、該当する画像はまや姉とは関係ない数枚の写真だけ。次に、まや姉と取って代わった少女の名前を打ち込む。これを再び画像検索にかけると、彼女に関連する大量の画像がデスクトップ上に映し出される。
 彼女は黄褐色の髪をサイドポニーで結び、小さいながら形のいい胸をちらつかせながら、栗色の大きな瞳でこちらに微笑みかける。
 ここまできて俺は、ようやく現実を見据えることができそうだった。
 俺はたぶん、まや姉とすげ替えられたこの少女を知っている。
 そう結論づけるのはあまりに早計かもしれない。なにせ、この現実では絶対に起こり得ないことなのだから。
 ただ、もしも。仮に。万が一、いや億が一、兆が一、足りないのなら京が一、とんで那由多の果て、不可思議の彼岸、無量大数の向こう側。
 そんなものがあり得るとしたら。

 
 この二次元に、妹は取り込まれたことになる。


 苗字は異なるが、少女の名前は妹と同じだ。髪の毛の色が多少違うにしろ、姿形が妹とほぼ一致してる。つまり、人為を超えた力をもってして妹はまや姉の代わりに『なってしまった』という他ない。
 そんなこと、あるはずがない。だけど、現状を説明するにはそれが一番しっくりくる。にわかに信じ難いけれども。
 「マジかよ、クソッタレ……」
 そのとき。玄関のドアが勢いよく開かれた音が聞こえた。
 俺の積み上げた結論は早くも砂で出来た城のごとく崩れ去る。この家のカギを持っているのは妹と両親だけだ。両親は現在、海外にいる。だとすれば、ここの玄関から施錠を解いて、この家の門口に立てるのは妹しかいない。
 ほっと胸をなでおろす。よかった。妹は二次元に連れ去られたのではなかった。
 安堵とともに、自分の飛躍した推論に恥辱を感じずにはいられなかった。何が『この二次元に、妹は取り込まれたことになる』だ。人が二次元に行けるわけがない。ましてや、アニメやゲームの嫌いな妹のことだ。無理にでも現実に留まっただろう。第一、二次元を愛してない妹が二次元を愛してる俺を差し置いて、二次元に行ってしまうという発想自体が間違いだった。心配して損した。
 机の上の置き時計を見ると、ただいまの時刻は十九時五十七分。
 くそっ。長い時間いらぬ心配をしてしまった。なんだか腹が立ってきた。この感情を収めるには妹を泣かせるしかあるまい。
 俺はイスから立ち上がり、妹を泣かせるために階段を降り始めた。階段の傾斜が急なので、転ばないように視線を足元で固定する。この階段を下り終えたすぐ先に玄関がある。妹はそこでもたもた靴を脱いでるに違いない。
 はてさて、いったいどうしてくれようか。妹が泣くまで脇をくすぐるのがいいか。家に設置してあるゴキブリホイホイを投げつけるがいいか。妹が常備している痴漢撃退用七つ道具の内の一つ、トウガラシスプレーをひったくって妹に浴びせてやるのもいいな。冷蔵庫にある妹の大好きなプリンを妹の目の前でむさぼり喰らうのもいいだろう。妹のいやらしいブラジャーやすけすけのおパンティをクンカクンカしてやるのも……いや、さすがにそれはやり過ぎだな。ならば、妹の目の前でギャルゲーをしてやろう。最近の妹は二次元に勤しむ俺の姿がイヤでイヤで仕方がないらしいからな。いっひっひっひ。
 「ただいま」
 「おう、おかえり」
 階段が残り二、三段となったところで、ふとした疑問が頭をもたげた。


 あれ? じゃぁまや姉は、いったいどこに消えてしまったんだ。


 階段を下りきり、足元で固定していた視線を上げる。
 視線の先に立っていたのは、紛うことなきまや姉その人だった。
 「……はぁ?」
 時計の針が十九時五十八分を刻む。
 そのとき俺の肉体と精神が分離し、精神だけが空中に浮かび上がったと思うと、あっという間に俺の精神は地球と月の狭間に引きよせられた。


第十四話:宇宙的恐怖
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