来し方行く末、あなたと共に! 第二十話

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この物語は、主人公・室戸(むろと)がループを脱出するために、
アニメやマンガの知識を駆使して脱出しようと試みる物語。
暇つぶしに読んでいただけたらこれ幸い。


プロローグ:はじまりは夕暮れと共に・ちーさんの視点


第十九話:再会
第二十一話:現実と幻想の少女


第二十話:チャンス


 「ちょっと、どういうことなの」
 まや姉は俺を持ち上げたまま部室から退室し、ドアを閉めると、アニ研部手前の廊下で口を開いた。
 こめかみに力がさらに加わる。まるで万力のようだ。
 「お、落ち着け、頼む……!」
 このままでは脳みそが鼻とか口とか耳から噴出してしまう!
 「罰よ。これは私を裏切った罰。この罪状はありとあらゆる罪より重いわ。弟の分際で、姉に歯向かうなんていい度胸よね。反省なさい」
 「ぐわわぁあああ……!」
 まや姉の右手にさらなる力が加わる。振りほどけない。頭がまっぷたつに割れてしまいそうだ。
 『姉は弟より強し』。これは二次元における姉弟関係の原理原則である。もちろん姉に勝る弟も存在するが、それはまた別の話だ。ことまや姉に限っていえば、基本スペックにおいて弟に劣るわけがないという『設定』なのだ。
 しかし、ここは二次元じゃない。だから普通の女子高生が右手一本で高校男児を軽々と持ち上げることなんて不可能だ。
 ……もしや、今ここにいる円環の中の「現実」は、物理法則すらねじ曲がっているというのか?
 だとしたらこのまや姉の怪力も納得だ。今は何が起こっても不思議じゃない。ではどうすればいい。まや姉の弟は『アイアンクロー』から、どう脱出していた? 考えろ……。
 「あら? 抵抗しなくなったわね。お利口よ。そうそう、それでいいの」
 「ぐぅぅぅ……! ご、めんな……さい……!」
 「……反省した?」
 「は、はんせ、い、しま……したぁぁあ……!」
 「……」
 まや姉は力を緩める。急に手を離されてしまったので、受け身の体制をとることもままならず、俺は地べたに尻もちをついてしまった。
 「いっ……つぅ~~……!」
 「今回だけは許してあげる。でも、次は容赦なくその頭を粉砕してあげるわ」
 「クソッタレ……! 俺が……」
 何をしたんだ。その言葉を発する前に口を噤む。
 「なに? 何か言った?」
 「な、なんでもない……」
 危なかった。『俺が何をしたんだ』なんて言ったら、反省などしてないことが筒抜けて、また「鉄砕牙(アイアンクロー)」を喰らうハメになっただろう。
 「ったく、私というものがありながら……」
 まや姉は小声でいったようだが、俺にはハッキリと聞こえた。
 私というものがありながら?
 ということは、まや姉はちーさんといっしょにいる俺をみて、嫉妬ゆえに「鉄砕牙(アイアンクロー)」で訴えかけたというわけか。俺とまや姉はけっこう仲のいい間柄なのか。姉弟にしてはいささか親密すぎるような気がしないでもないが。
 しかしそれだと設定がおかしいことになってしまうのではないか? まや姉は主人公の友だちポジションの姉なわけで、主人公と血縁関係はない。そしてまや姉は俺に対して『弟の分際で』といった。つまり俺はこの円環の中の「現実」では『True Heart』の主人公の友だちポジションという設定になるので、まや姉が惚れてるのは主人公なわけだからまや姉が俺とちーさんが仲よく映画を見てることに対して弟の俺に嫉妬を抱くのはおかしい。
 「ところでまや姉。俺の妹を知らないだろうか?」
 「妹? あんたに妹なんていないわよ」
 「えっ……?」
 「ウソ……。あんたもしかして、現実と妄想の区別もつかなくなっちゃったの? 大変……、お薬が必要ね。はやく病院に行きましょう。今すぐに」
 「ち、違う! 冗談、冗談だって!」
 まや姉は俺の妹を知らない?
 ……ここは、やはり妹とまや姉が取り替えられたと考えるべきだろう。それならケータイの電話帳内の『妹』の表記が『姉貴』という誤表になっていたのも納得だ。この世界では、元から俺に『妹』など存在せず『姉貴』がいた。
 現実と二次元の女の子が入れ替わるなど考えられない話だが、今は何が起こってもおかしくはない。
 「冗談? ホントに? 大丈夫なの?」
 「ああ、そうだ」
 「……つまらない冗談はやめなさいよね。いらない心配しちゃったじゃない」
 「俺はそこまで阿呆ではない」
 いや―――――――――――もしかしたら、本当に阿呆になってしまったのかもしれない。今の俺は、現実と妄想を明確に区別することができないのだから。
 「あんたはアホなの。アホアホアホ。そんなおバカさんに聞きたいことがあるわ。なんで屋上に来なかったの?」
 「屋上? なんのことだ?」
 「もしかして……私の手紙、読んでないでしょ?」
 「ああ、読んでない」
 「ったく……使えないわね。ほら、あんたの、友達未満のあいつら」
 「ヤツらは、まぁ、その通りになったが……」
 「あんた宛に手紙を出したのよ。それをあいつらに渡したの」
 「……あの白い便箋か?」
 「そうよ。何で読まなかったの?」
 「あいつらが書いた手紙だと思って読まなかった」
 「あー、もう……」
 「要件があれば、電話か何かすればよかったじゃないか」
 「電池が切れちゃったのよ。まったく、スマートフォンって何でこんなに電池がなくなるの早いの?」
 「俺が知るかっての」
 「……ほっほう、生意気な口を利くのはどの口なのかなぁ?」
 「アダダダダダ! 割れる割れる割れるぅ!」
 まや姉が俺のこめかみを思いっきり握りしめる。
 「ごめん! ほんっとうにごめん! だから離してくれぇえええ!」
 「はい、許してあげる」
 ニッコリと微笑むと、まや姉は手を離してくれた。素直に謝ればすぐに許してくれるのがまや姉のいいところだ。
 「ぐぅうぅ……」
 でも、痛いものは痛い。
 それにしてもなぜだろうか。愛しのまや姉が目の前にいるというのに、さほどときめかないのはどうしてだろう。まや姉の口調がおかしいからだろうか。下手な同人作家だってもう少しは口調を似せているというのに。さらには、女性に対してあまりに紳士的な振る舞いをするがゆえにほとんどの女性に敬語を使うはずのこの俺が、まや姉に対して気兼ねなく話をしている。そう、それはまるで同じ屋根の下で一緒に暮らしていた妹に接するかのように。……俺がまや姉と妹を混同している? バカな、そんなはずがない。
 「はぁ……ずっと待ってたのよ、屋上で。まぁいいわ。とにかく、帰りましょう」
 「え? なんで?」
 「今日はあんたの誕生日でしょ?」
 「そうだけど……」
 「だから、あんたのために、このお姉さまが誕生日を祝おうっていってるの。感謝しなさい」
 「それはありがたいな。けれど、すまんが先に帰ってくれないか。映画の続きが見たい。今おもしろいところなんだよ」
 『お前は最後に殺すと約束したな。あれは嘘だ』という名シーンがもうすぐ見れるところで、俺はまや姉に連れ去られた。そこは俺の大好きなシーンだ。見逃したくない。
 それに、ちーさんといっしょに映画を見るのはなかなかにおもしろい。ちーさんは映画についての知識が豊富で、思わず唸りをあげてしまうほどの名解説に何度か舌を巻いた。
 だから俺は、もう少しだけちーさんといっしょに映画を見ていたいのだ。


 「へぇ……あの女のほうが、いいっていうんだ」


 ―――――――――――ゾクリ。
 なんだ? どうした?
 まや姉の様子がおかしい。
 「どうして? 私の弟は、こんな子じゃなかったはずなのに」
 「ま……まや姉?」
 選択をミスったか? 素直にまや姉といっしょに帰ればよかったか?
 それに、まや姉の光のない目。まや姉があんな目をするなんて。信じられない。俺はあんなまや姉のあんな目を見たことがない。
 しかし、どこかで―――――――――――ああ、そうだ。妹だ。妹と同じ目だ。俺が二次元に現を抜かしているときに。妹は悲しそうな表情を浮かべて、あんな目をしていた。
 もしかしたらまや姉と妹はすげ替えられたわけじゃないのか? だとするなら、俺のまや姉と妹がすげ替えられたという推測は、少しだけ違っているのかもしれない。
 そんなことはどうでもいい。今、その目は、危険だ。頭の中で警鐘が鳴り止まない。
 何が鐘を鳴らすのか。恐らく、今まで見てきたアニメやギャルゲーの記憶が。
 このルートは危険だ、と。
 これは直感だ。だけど、今はこの直感に従ったほうがいい。それに、弟である俺はまや姉に逆らえない。何かされても、まや姉の思うがままだ。
 俺はすぐさま軌道の修正に移る。
 「な、なーんてな! ジョークだよ、ジョーク!」
 「……つまらない冗談はやめてって、さっき言ったよね?」
 さすがに無理がありすぎたか? ええい、ならば。
 「……信じてくれ、まや姉。映画の続きが見たいのは本当だ。だけど、それは女の子が気になっているからじゃないんだ。ただただ純粋に、映画の続きが気になってしまったんだ」
 本当のことを織り交ぜながらウソを語る。そうすればホラ話にも真実味がでて、まや姉も信じてくれるだろう。
 「ウソ。信じられない」
 クソッ。ガードが固い。こうなっては。
 「本当なんだって。どうしたら信じてくれるんだ」
 解決策は、相手に求めよう。ここは変に足掻かないほうがいい。
 「………………キス」
 「えっ?」
 「キスして」
 「………………」
 予想外の提案に、俺は面食らっていた。
 「ほら、はやく」
 いったい何がどうなってやがる。
 確かに、ゲームの中でまや姉と主人公はキスをしていた。しかし俺はまや姉の弟だ。ギャルゲー特有の主人公にまとわりついてる友だちポジションが俺に割り当てられた役割のはずだ。そしてここは現実だ。ゲームの中じゃない。俺たちは血の繋がった姉弟という『設定』のはずだ。
 さすがに、度が過ぎるほど仲がいいんじゃないか。
 「んっ……」
 まや姉は俺の胸元を両の手で掴み、爪先で立ちながら、顔を軽く上げて、目を閉じる。
 こんな状況ではキスをしなければならないだろう。断ってしまっては、まや姉がどんな恐ろしいことをしてくるか想像もできない。
 それに、これは『チャンス』だ。
 「まや姉……」
 俺はまや姉の肩に手を添える。
 ガラス窓の先で夕日が山の向こうからこちらを覗いている。朱に染まる廊下には俺とまや姉しかいない。金管楽器のまばらな音も、野球部の威勢のいい掛け声も、ひぐらしも鳴き声も、今ではどこかへと消え失せた。
 そして静寂だけが、俺とまや姉を包み込む。
 目の前には、喉を通る食べ物がすべて透き通ってみえてしまうのではないかと思われるほど白い肌の少女。それが夕日を浴びてほんのりと紅に染まっていた。端正な顔立ちに寸分違わぬほどの細い眉、流れるように美しい髪の毛。白魚を五本並べたようなきれいな指に、たわわと実る大きな果実。
 改めてじっくりとまや姉を観察してみると、女性としての魅力にとても溢れている。思わず生唾を飲み込んでしまう。
 さすがは二次元の姉キャラにおいて群を抜いて人気なだけはある。それによく考えればこの人、俺が二次元において初めて見惚れてしまった人なのだ。美しくないわけがない。
 いいや、見とれてる場合ではないのだ。今はすべきことをしなくては。今からやることは、すべて愛する二次元のためなのだ。決して二次元を裏切る行為ではない。
 まや姉の顔に俺は唇を近づける。徐々に距離が縮まるたびに、心臓の音が高鳴った。
 そして俺は、まや姉と唇を重ねる。
 数秒間の沈黙。あまりの静けさに、心臓が押しつぶされそうになる。永劫に続くかと思われるほど、長い長い数秒間。
 唇と唇が離れると、まや姉は目を開けた。
 「……大胆」
 まや姉はどうやらゴキゲンなご様子だ。
 反対に、俺は少しばかりショックを受けていた。


 ループから、脱出していない……?


 タイムリープから抜け出す方法はいくつかある。そのうちの一つ、ループを脱出するための特効薬。それは男女の淡い接吻である。
 理屈はよくわからないが、キスをするとタイムリープから抜け出すことができる、ときもある。だが抜け出せる確立はかなり高い。まっがーれの人もそんなことをいっていたから間違いない。
 しかし、まや姉とキスをしてみたが、どうやらループから脱出してないようだ。なぜそれがわかるかと言えば、タイムリープから脱出するときは、もっと何か光みたいものに包まれたり、とにかく何かしらのイベントが起こるはずだからだ。これも確証はなにもないが、今まで見てきたタイムリープを扱った作品がそうだったから、たぶん俺の考えは間違いではない。『運命石の扉』もそうだったし。
 まや姉とキスをすればループを脱出できるかもしれないと思っていたが、それはどうやら勘違いだったようだ。だが、キスをする対象が悪かっただけなのかもしれない。次はちーさんとキスをしてみよう。できればの話ではあるが。
 「キス、上手くなったね」
 ニコニコと、まや姉は満面の笑みを輝かせる。
 そして俺は遅ればせながら、まや姉とキスをしたのだという実感が湧いてきた。恥ずかしさと喜びが綯い交ぜになった感情が胸にこみ上げてきた。俺は夢の中でしか見つめ合えない女性と、口づけをしてしまったのだ。しかも、これが初めてキスだったのだ。最高のファーストキスではないか。
 このことは後生大事に夜のおかずとして使用するつもりである。
 「だけど、口がちょっとクサイ。なんかゲロの味がした」
 「あっ……! す、すまない!」
 「ううん、いいの。気にするほどでもなかったから」
 うむむ。もしもちーさんとキスをするときが来たなら、ちゃんと口臭をどうにかしてから口づけをするべきだな。
 「ねぇ、帰りましょうよ。はやくあんたの誕生日を祝いたいの」
 「……わかったよ」
 「それじゃあ、先に昇降口で待ってるから。じゃあね、おチビさん」
 「うん?」
 おチビさん? 俺はまや姉よりも少しだけ背が高いぞ。
 いったい何のことかと問おうとしたときには、まや姉はすでに踵を返し、廊下の角を曲がって姿を消してしまった。
 全くもってわけがわからんが、まぁいいか。俺は後ろへ振り返る。
 そこでやっとまや姉がおチビさんといった理由がわかった。アニ研部の部室と廊下を隔てるドアの僅かな隙間から、ちーさんが顔を覗かせていた。
 「ち、ちーさん……? もしかして、今の……」
 「いえ! 何も見てません! 何も聞いてません! 姉弟でキスをするのは少し度の過ぎたスキンシップですもんね!」
 「違うんだ、ちーさん。これは誤解なんだよ」
 「ご、ごめんなさい! 私、そろそろ帰りますね!」
 ちーさんはそう言うと、ドアを勢いよく開けると、カバンも持たずに駈け出して、そのままどこかへと走り去ってしまった。
 クソッ、逃げられてしまった。ちーさんとキスをする作戦を練ってたところだったのに。
 それにちーさんにあらぬ誤解を抱かせてしまった。しかし気にすることでもない。どうせタイムリープが発生すれば、ちーさんは何もかも忘れてくれるはずだから。
 だけど、どうしてこんなにも胸が苦しいのだろうか? 不整脈だろうか、心不全かもしれない、肺気腫になんらかの異常が見受けられると告げられても、それを素直に信じてしまいそうだ。
 気でもふれたか? 今はそんなどうでもいいことに思い煩ってる場合ではない。さぁ、はやく移動しろ。愛する二次元がお前の帰りを待っている。
 そう自分に言い聞かせると、部室に入り、カバンを手にとって、アニ研部を後にした。


第二十一話:現実と幻想の少女
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