来し方行く末、あなたと共に! 第二十四話

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この物語は、主人公・室戸(むろと)がループを脱出するために、
アニメやマンガの知識を駆使して脱出しようと試みる物語。
暇つぶしに読んでいただけたらこれ幸い。


プロローグ:はじまりは夕暮れと共に・ちーさんの視点


第二十三話:映画が好き
第二十五話:走馬灯


第二十四話:フラッシュバック


 物静かな階段を登る。いやに靴音が響いて、まるでこの世界に自分一人だけが取り残されてしまったのではないかという寂しさを感じずにはいられなかった。
 階段を登り終えると、目の前には屋上へと通ずる錆びれた鉄のドア。その埃の被ったドアノブに手をかける。
 夕日が変にギラついて見えた。風は生暖かい大気を運び、肺に入る空気はめっぽう重たい。カラスの一羽でも鳴いてくれれば風情があるのだが、そのカラスも暑さにやられて、巣に帰宅してはエアコンの効いた部屋でゆったりと涼んでいるのだろう。校庭には、ちーさんが校門に向かって駆けていく姿があった。
 そして、飛び降り防止用のフェンスの一角。そこで沈みゆく夕日を眺める少女の姿が、俺には少しだけ恐ろしいと感じてしまう。
 「まや姉……」
 俺は彼女の背中に語りかける。
 「ねぇ……夕日って、どこに沈むのかな?」
 まや姉はこちらを振り向かずに話しはじめた。
 会話の出だしが抽象的だ。簡潔に言えば、電波的だ。そんな言動をする女の子を攻略するためには、いったいどんな対応をすればいいのか?
 答えは簡単。こちらも電波的になればいい。
 「俺は海に沈むと思ってる」
 「どうして?」
 「太平洋の海中の映像を見たことがある。そこには、海に沈んでもう輝かなくなってしまった夕日の残骸がたくさんあるんだ」
 「嘘。そんなの信じられない」
 「本当だよ。あの夕日が沈みきるとき、耳をよくすましておくんだ。そうすれば、夕日が海に入ったときに太陽の火が消える音がするから」
 「ジュワーッ、って?」
 「そう、その通りだ」
 「じゃあ、朝日はどこからやってくるの?」
 「もちろん大西洋からだ。聞いたことあるだろ? 『西から登ったおひさまが、東へ沈む』って」
 「バッカみたい。正解は、地球が太陽の周りをまわってる。これぐらい常識でしょう?」
 「違うね。太陽が地球の周りをまわってるんだ」
 「異端審問会でも復活させるつもり?」
 「いいや、そうじゃない。それでも太陽は動いていると、俺はそういいたいだけなんだ」
 「あんたは誰かに裁かれるほどの知能も才覚も人望もないでしょう。そんな人間が、何を言ったって他人には戯言にしか聞こえないわ」
 「戯言で結構。俺は妄想が、幻想が、虚実が好きだ。だから俺はいおう、世界に果てはある、と」
  我ながら恥ずかしいセリフに、いまさらながら顔が熱くなるのを感じる。
 「コロンブスが嘘をついたの?」
 「俺が嘘をついたんだ。でも、これは本当に嘘なのかな? 誰が地球は丸いといったのかは知らないけど、なぜそんなことを信じてしまうんだ? そんな正論、俺は信じない。俺は俺の戯言を信じる」
 俺がこんなに役者ぶることができるとは、自分でも驚きだ。できることなら、二度とこんなことはしたくない。
 「ふーん……じゃあ、もしかしたら、あの夕日が、いつかこの町に堕ちるときがくるかもしれないの?」
 「当然だ。いつかこの町に染み付いた思い出したくもない記憶も、かけがえのない人たちとの思い出も、すべて焼きつくしてくれる日がやってくる」
 「……そのとき、私はこの屋上にいたいな」
 「どうして? 燃え尽きてしまうのはイヤなのかい?」
 「ううん、違うの。太陽の火に焼かれるのも、蝋の翼で飛行する少年のように気高くて有意義だと思う。だけど、それよりここにいる方がずっといい。だって、ここから見える、何もかもが燃えあがる景色は、今までにないくらい、きっと素敵な景色なはずだから」
 町は夕焼け色に染まり、やがて夜に覆われるのを待ち望んでいるに違いない。だけど、それは時の反復が終わるまで、所詮は叶わぬ夢幻に過ぎない。
 ウサギ人間から聞けた情報から考えうるに、このループが発生している原因は妹だかまや姉だかわからない不確定な存在にあるとわかった。揺らいでしまった二次元と三次元の境界のせいで、妹にまや姉の魂が乗り移ってしまい、現実にいるはずのない人間が存在してしまった。そしてこの現実が元通りになるまで、現実はタイムリープを発生させた。まや姉が除外されるまで、世界のループは止まらない。俺はそのバグを直す、いわば配管工のようなものなのだろう。
 タイムリープから脱出するために行動すべきことは、まや姉を二次元に返す必要があるということ。そのために、まや姉がこの世界に留まる原因を突き止めてそれを解決すれば、ループは終わり妹も無事に戻ってこれるだろう。
 そしてまや姉がここにいるのは、たぶん俺が原因だ。今日、俺はまや姉の年齢を越えてしまうと嘆き、悲観にくれていた。まや姉が俺の姉であって姉でなくなってしまう、そんな他人にとってはどうでもいい、されど自分にとっては重要すぎる問題。それがまや姉をこの現実に縛り付けているのだろう。
 ――――――――――受け入れよ、俺。このくだらなくも残酷で、美しくも汚らしいこの現実を。幻想の中の少女は移ろいゆく年月を知らず、俺は枯れ欅からこぼれ落ちた、時の濁流に流され続ける小さなひとひらに過ぎない。
 「まや姉。話があるんだ」
 「奇遇ね。私もよ」
 まや姉がふり返る。
 「俺から話しても?」
 「ええ、どうぞ」
 「……まや姉。俺は今まで現実なんていらないって、思ってたんだ。こんなにも辛くて苦しい現実を生き抜くなんて、まっぴらゴメンだって。でも幻想を楽しんでいる俺に現実は容赦なく苛烈な罰を与える。それは……俺がまや姉の年齢を越えて、まや姉は俺のお姉さんじゃなくなってしまうこと。でも、それはどうしても変えられないんだ。だから俺は、それを受け入れるよ。でも安心してくれ、例えまや姉がお姉さんじゃなくなっても、俺はまや姉で抜き続けると思うから」
 我ながら最悪の回答だと辟易する。最後に「抜き続ける」というセリフをいう阿呆がいるのか? いますね。俺です、はい。
 「何いってんのあんた? 私だって歳ぐらい取るわよ」
 「えっ?」
 ……そうだ。今、目の前にいるまや姉は現実で成長もする、普通の女の子に『なっている』んだ。歳を取らないわけがない。ということは、『まや姉が俺のお姉さんであり続ける』という俺の願望は、すでに叶ってしまっていることになる。つまり、まや姉をこの現実に縛り付けていると思っていた俺の願望はすでに解消されていて、なくなっているはずだ。
 では、いったい何がまや姉をこの現実に縛り付けているのだろう? ……検討もつかない。
 それに加えて、危惧しなければならないことが一つ増えた。
 ウサギ人間がいっていた言葉を正確に思い出す。『比良坂まやを二次元に戻してループを脱出すれば、妹を君に返してあげよう』。この言葉からタイムリープを脱出するルートが最低でも二つあることが窺える。一つはまや姉を二次元に戻して、妹を取り戻すルート。先ほど気づいたもう一つのルートは、妹を失う代わりにまや姉が俺のお姉さんであり続けるルートだ。
 他にも、ループから脱出するための様々なルートがあるのかもしれない。それなら、タイムリープから脱出するだけなら簡単だろう。だけど、『まや姉を二次元に返しループから脱出し、妹を取り戻す』というルートに的を絞るのは相当むずかしそうだ。……クソッタレ、なんということだ。
 「それに、お姉さんじゃなくなるって……あんたも、そう思ってたの?」
 「……はぁ?」
 あんた『も』、って?
 「私、いおうと思ってたの……もう、あんたのお姉さんじゃ嫌だって」
 まや姉――――――――――何を、いってるんだ?
 「あんたのそれ、告白にしては最悪よ。でもそれがあんたらしいのかも。そういうところを好きになっちゃった、私の負けなんだよね」
 橙色の光を一身に受けて、光り輝く彼女の瞳の美しさはまるでこの世に存在しないような類のものだった。
 「ねぇ、私もいいたかったんだ」
 まや姉は俺の手を優しく握る。そして、キラキラと輝く瞳で俺の眼を見つめながら。
 「お願いです。私の、恋人になってください」
 今、確かに。まや姉はそう口にした。
 「まや姉……本気、なのか」
 恋い焦がれることしかできなかった、画面の向こう側の女の子。その女の子が、超えられないはずの次元の壁を越えて、今まさに目の前で手を繋ぎ、告白をしてくれた。
 「うん。姉弟なんて関係ない。血のつながりなんてどうでもいい。私は、あなたが好き」
 まや姉は緊張しているせいか、ところどころ声が上ずっていた。それでもきらびやかな瞳を逸らそうとはしない。
 ――――――――――まや姉。二次元において、あなたほど素晴らしい女性はいなかった。
 「……はやく、あんたの声を聞かせて。『はい』って返事をして。そうして二人は、死がふたりを分かつそのときまで、共白髪を生やして添い遂げるの。さぁ、偕老の契りを結びましょう」
 まや姉は夕日よりも朱に染まった頬を笑顔で繕い、潤んだ瞳はこれから始まる未来に想いを馳せている。まや姉の少し汗ばんだ手は微かに震えていた。まや姉は俺の返答を待ちわびている。
 ならば――――――――――答えよう。
 俺は口を開く。


 「手を離せ、クソッタレ」と。


 「えっ……?」
 「手を離せと言ってるんだ!」
 それでもまや姉は手を握り続けたので、俺は無理やり手を振りほどく。
 「どう……して……?」
 「あったりまえだ! 何が恋人だ! 何が血のつながりなんてどうでもいいだ!」
 俺はあまりの哀しみ、悔しみ、怒り、嘆きに打ち震えていた。涙で視界が滲む。
 「失望したよ、まや姉。やはりこの程度か、現実」
 「何を……いって……」
 「腹ただしいことこの上ないね、まや姉……! 俺とあなたは姉弟のはずだろう。だったら、恋人になる必要なんかないんだ! いや、むしろ恋人になんか死んでもなってはいけない! なぜなら俺たちは姉弟だからだ!」
 「な、なんで……? どうして? だって私たち、もうしちゃったんだよ? もう血のつながりなんか、気にしなくたっていいんだよ?」
 「だからこそだ! だからこそ、許されざる姉弟の禁忌を破るからこそ、『俺たちは姉弟でなくてはならない!』 姉弟だからいいんだろうよ……! いいか、分かるか? 俺は姉弟が夜に結ばれるのを否定してるわけではない。むしろそっちの方が興奮する! 抜ける! だけど、恋人なんかになってしまったら、まや姉は俺を弟として見てくれないんだろう? ふざけんな! 俺は恋人になるより、まや姉の弟でありながら行き過ぎた姉弟関係を結びたいんだ! その方が燃えるんだよ! 萌えるんだよ!! 恋人同士になって姉弟愛が薄らいでゆくのなら、俺はあなたとなんか死んでも恋人になんかならない! 死んでもだ!」
 クソッタレ、これだから嫌なんだ現実は! ノベルゲーだろうがなんだろうが、血の繋がった異性、この場合は姉だが、実の姉が攻略対象ならその姉と恋人になるよりも行き過ぎた姉弟関係を発展させてエロエロなルートに突入するのが素晴らしいのだろうに! 現実は何もわかっていない! 姉弟愛は恋心にも勝るとなぜわからないんだ!
 「だって、だって……!」
 「もう話しかけないでくれ! あなたにもう用はない!」
 俺はきびすを返して、階段へと通づるドアへと向かう。
 これでよかったのだ。もしもまや姉が告白したときに、『行き過ぎた姉弟関係をこれからも結び続けましょう』なんて言われたら、喜んで了承していただろう。そんなことを俺は心のどこかで望んでいたのかもしれない。そうなっていては、まや姉と行き過ぎた姉弟関係を結び妹を取り返せないままループを脱出していたかもしれない。
 そうだ、これでよかったんだ。まや姉が恋人同士になろうと持ちかけてきたから、もうなんの未練もなく妹を取り戻すルートを選べるはずだ。
 でも、なぜだろう。涙が止まらない。
 俺の中で作り上げてきた『まや姉』という幻想が、積み上げられたつみ木を押し倒すかのように一瞬にして瓦解する。クリスマスにやってくるサンタクロースの正体を知ったときも、俺は今のように声を殺して泣いていた。
 ……もうどうでもいい。とっととまや姉を二次元に返して、妹を現実に戻してしまおう。まや姉は、俺のためにあるべきところへ返ってもらわねばならない。
 涙を拭って、前を向く。そろそろちーさんも戻ってきている頃合いだろう。次に向かうのは、ちーさんのいる占い部だ。
 「待って、おいてかないで……」
 背中に重みと暖かさが加わる。
 「どいてくれ。俺は行かなくちゃならない」
 「いやぁ……。お願い、捨てないで、一人にしないで……」
 まや姉の肉付きのいい腕が俺の腰に伸びる。
 「悪いなまや姉」
 「やだ、やだやだやだ。また一人ぼっちになるのは、やだ。お願い、いっしょにいて……」
 すすり泣く声が聞える。まや姉が俺の背中で泣いているらしい。
 「ママンにでも慰めてもらいな」
 これは、俺たち兄妹の間で、決していってはならない言葉だ。
 「母親なんていない! 父親も! あんなのは両親じゃない!!」
 「まや姉……」
 「あんたも、あいつらみたいにいなくなるの? 違うよね、あいつらなんかとは、違うよね? いっしょに、ずっといっしょにいてくれるよね?」
 「……すまない、俺はあなたを必要としていない」
 「っ……! そっか、そうなんだ……」
 まや姉の腕が離れてゆく。背中からは重みが遠のいていき、がらんどうになった背中のぬくもりを風はすぐに冷ましてしまう。
 俺は再び歩み始める。妹を取り戻すために。ひいては二次元のために。
 「……行かせない…………!」
 まや姉は小声でその言葉を呟いたが、俺にはハッキリと聞こえていた。行かせない? ふん、知ったことではない。それより今やらなければならないことが、ドアの向こうに待っている。決して振り向かないと心に誓うと同時に、俺はドアノブに手をかける。


 ――――――――――――――――――――ッあぁ!!??


 「ぐぅ……!!?」
 「行かせない…………!」
 脇腹に、激痛。制服に血が滲む。傷口は液状化した鉛を流し込まれてるみたいに、熱い。視界が霞む。傷口周辺はいやに熱いのに、そこ以外は極寒だ。冷たい。寒い。
 「ぁあぁああ……!!」
 地面が、近づく。いいや、俺が倒れているんだ。四つん這いになるも、背中からのしかかられて、地面に這いつくばってしまう。
 「ごめんね……ごめんね……」
 脇腹を抉る『何か』が、深く突き刺さって、内蔵をねぶる。身体の内側を冷ややかな鉄で切り刻まれる感触。どんどん傷口を広げられている。
 「ぎぃいいいぃ……やめろ、やめてくれぇえぇぇ……!」
 「がまんして、お願い……」
 「痛い! まや姉、痛いよ! わかった! 謝る、あやまるよまや姉! 頼む許してくれぇ!」
 「もう少しだから、ね……?」
 「ぐわぁああぁあぁぁ!」
 ダメだ。痛みが遠のいていくどころか、むしろ明確にどこが切れていくのかがわかる。内蔵が、細切れにされいくのがわかる。ますます意識がハッキリしてくる。
 「まや姉ごめんなさい! ひぃぃ! ダメだ! 死んでしまう! このままじゃ、死んじゃう!」
 「大丈夫、だいじょうぶだから。ジッとしてて……」
 「お願いまや姉! 許して! 頼む! 怖い……まや姉、怖いよ!」
 「シーッ……いい子だから、静かにしてね」
 「ッガハ……! まや姉、口から、血が出てきた……! 血が、血が、止まらない……! いやだ、死にたくない……! 死にたくないよぉ! うわぁああああぁああ!」
 いやだ。まだ死にたくない。やってないことだってたくさんあるんだ。買ってない漫画があるんだ。まだ見てないアニメがあるんだ。CGをコンプリートしてないゲームがあるんだ。やってないことがたくさんあるんだ。童貞だって捨ててないんだ。ちーさんと映画だって見てないんだ。
 「クソッタレ……!」
 俺はポケットの中の携帯に手を伸ばす。このガラパゴスケータイの場合、二つ折りにされた画面をほとんど開かないと起動しないため、一旦ポケットから取り出して、画面を開く。そしてボタンを探り、最初は「1」を押す。次もまた「1」を。最後に「0」を――――――――――
 「!!!?? ぃだあああぁぁあああ!」
 鈍痛が、走る。骨のひしゃげる音。携帯を握っていた手に目線を移すと、指があられもない方向を向いていた。
 まや姉は血にまみれた鉄槌を握りしめていた。
 「ダメ。がまんして……もうちょっとなんだよ?」
 「がぁあああ……クソッタレ、クソッタレクソッタレクソッタレぇえ!」
 結局、最後の「0」は押せなかった。
 「だいじょうぶ、おとなしくしてて。そしてよく聞いて。あっちの世界にいったら、苦しかった、悲しかった、痛かった、いじめられた思い出を神さまに伝えるの。そうしたら神さまは同情して、苦渋なんて何一つない生活を用意してくださるわ。安心して。あんたがあっちに行ったら、私もすぐに追いかける。そうして私たちは、ようやくほっと一息つけるの。二人で永遠に、愛しあえる。私、信じてるから。……泣いてるの? でももう少し。あとちょっとの辛抱だから、がまんして。だいじょうぶ。ああ、私たち、やっと一息つけるんだわ……」
 まや姉が耳元でささやく。まるで、泣き喚く幼子をあやすかのように。
 「イヤぁ……いやだ……! 死にたくなぁ……ぐぅあああぁああぁ!」
 俺が口を開くと、まや姉もまた大きく傷口を広げる。
 「頼む……いい子にするから……やめてくれ……」
 ようやく薄らいでゆく意識。痛みがだんだん引いていく。意識もまた、光の届かない闇の中に吸い込まれていくようだ。
 脳裏にあの日の記憶がフラッシュバックする。


第二十五話:走馬灯
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